国・建設アスベスト事件
最高裁第一小法廷・2021年5月17日・最一小判令3.5.17

なる子ちゃんの判例解説動画
プレミアム5:05建設現場の石綿粉じんで健康被害を受けた労働者らが国を訴えた事件です。国が安衛法上の規制権限を使わなかったこと(規制権限の不行使)が国家賠償法上違法になる、と最高裁が認めました。安衛法の目的規定と省令委任の仕組みが判断の土台になっている点が特徴です。
事案の概要
建設作業に従事する中で石綿粉じんを吸い込み、石綿肺・肺がん・中皮腫といった石綿関連疾患を発症した労働者やその承継人が原告です。国が安衛法に基づく規制権限を行使して被害の発生を防がなかったことは違法だとして、国家賠償法1条1項に基づき国に損害賠償を求めました。
- ばく露建設作業への従事中に石綿粉じんにばく露しました
- 規制強化昭和50年に特化則が改正され、同年10月1日に一部を除き施行されました
- 発症石綿肺・肺がん・中皮腫などの石綿関連疾患を発症しました
- 提訴労働者らが国家賠償法1条1項に基づき国に損害賠償を請求しました
- 最高裁昭和50年10月1日以降の規制権限の不行使を国賠法上違法と判断しました
争点
建設現場で石綿(アスベスト)粉じんにばく露して石綿関連疾患を発症した労働者との関係で、労働大臣(現・厚生労働大臣)が安衛法上の規制権限・省令制定権限を行使しなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法となるのでしょうか。
判旨
判決文からの引用(原文のまま)
国または公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。
(中略)主務大臣の安衛法に基づく規制権限は、労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである。
(中略)労働大臣は、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には、安衛法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、(中略)適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに、安衛法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり、同日以降、労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったことは、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。
結論
規制権限の不行使は、法令の趣旨・目的や権限の性質等に照らし、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くときは国賠法上違法となります。本件では、規制強化後の特化則が施行された昭和50年10月1日の時点で、通達による指導監督と省令による呼吸用保護具使用の義務付けを行うべきだったのに行わなかったことが違法とされました。
関連法令の解説
労働安全衛生法27条1項(事業者の講ずべき措置の省令委任)
安衛法22条等が定める事業者の健康障害防止措置について、その具体的内容を厚生労働省令(本件当時は労働省令)に委任する規定です。本判決は、この包括委任の趣旨を「専門的・技術的事項を最新の知見に速やかに適合させるため」と説明し、そこから主務大臣の規制権限は適時にかつ適切に行使されるべきだ、という規範を導きました。
国家賠償法1条1項
公務員が職務を行うについて故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときに、国または公共団体が賠償責任を負う規定です。本判決は、権限を「行使した」場合だけでなく「行使しなかった」(不作為の)場合でも、著しく合理性を欠くときはこの条文の適用上違法になることを、建設アスベスト被害について具体的に認めました。
身近な例え
プールの監視員が、溺れかけている人を見つけられる立場と道具を持っているのに、いつまでも笛を吹かず救助のルールも作らなかった場面を想像してください。監視員には裁量があるとしても、危険がはっきり分かった時点からは動かないこと自体が責任問題になります。国の規制権限も同じで、「いつから動くべきだったか」が問われた事件です。
なる子ちゃんのざっくりまとめ
この判例は、会社じゃなくて「国」が被告になったところがポイントだよ。安衛法は事業者に義務を課すだけじゃなくて、大臣に省令で規制を作る権限も与えてる。その権限は労働者の命と健康を守るために、技術や医学の進歩に合わせて適時にかつ適切に使うべきものなんだ。なのに、石綿の危険が分かって特化則を強化した昭和50年10月1日の時点で、通達での指導監督や呼吸用保護具の義務付けをしなかった——これは著しく合理性を欠くから国賠法上違法、とされたの。「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」っていう枠組みと、昭和50年10月1日という基準時をセットで覚えてね!
◎ 選択式で狙われるポイント
①規制権限不行使の違法判断枠組み(許容限度の逸脱と著しい合理性の欠如)、②安衛法上の規制権限は労働者の生命・身体・健康の確保を主目的とし、技術の進歩や最新の医学的知見に適合するよう適時適切に行使されるべきこと、③違法の基準時は昭和50年10月1日(改正特化則の施行日)であること——の3点が要点です。求められた権限行使が「通達による指導監督」と「省令による義務付け」の2本立てである点も整理しておきましょう。
- ▶規制権限の不行使が違法となる基準は「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」ことです。「不行使は常に違法」でも「不行使は違法にならない」でもありません。
- ▶安衛法27条1項が事業者の講ずべき具体的措置を省令に包括委任した趣旨は、内容が専門的・技術的事項であり、技術の進歩や最新の医学的知見に速やかに適合させるには主務大臣に委ねるのが適当だから、と判示されています。
- ▶違法性の基準時は昭和50年10月1日(規制を強化した改正特化則の施行日)です。年月日の数字を入れ替えるひっかけに注意しましょう。
穴埋めで問われるキーフレーズ
- 「その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」
- 「労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として」
- 「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべき」
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