あんしん財団事件
最高裁第一小法廷・2024年7月4日・最一小判令6.7.4

なる子ちゃんの判例解説動画
プレミアム5:16労働者に労災保険給付が支給されると、メリット制によって会社の労働保険料が上がることがあります。それなら会社は支給決定そのものを裁判で争えるのか——が問われた令和6年の最高裁判決です。最高裁は原告適格を否定し、争うなら保険料認定処分の側で、と道筋を整理しました。
事案の概要
札幌中央労働基準監督署長が、ある事業主に使用されて業務に従事していた労働者について、業務に起因して疾病にり患したことを理由に、療養補償給付と休業補償給付の各支給決定をしました。この事業主は、労働保険徴収法12条3項のメリット制により納付すべき労働保険料が増額されるおそれがあるとして、支給決定の取消しを求めて出訴しました。第1審は原告適格を認めず訴えを却下しましたが、原審は、支給決定によりメリット収支率が大きくなり保険料が増額されるおそれがあるとして事業主の原告適格を認め、第1審判決を取り消して差し戻していました。
- 支給決定労基署長が労働者に対し療養補償給付・休業補償給付の各支給決定をしました
- 提訴事業主が、メリット制により保険料が増額されるとして支給決定の取消しを請求しました
- 第1審原告適格を認めず、訴えを却下しました
- 原審保険料増額のおそれを理由に原告適格を認め、第1審判決を取り消して差し戻しました
- 最高裁原告適格を否定し、原判決を破棄して控訴を棄却しました(訴え却下が確定)
争点
メリット制の適用を受ける事業主は、自社の労働者に対してされた労災保険給付の支給決定について、その取消しを求める訴訟の原告適格を有するのでしょうか。
判旨
判決文からの引用(原文のまま)
特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。
そうすると、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。
(中略)特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。
(中略)特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。
結論
客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額は、そもそも事業主が納付すべき労働保険料の額を決める際の基礎にはなりません。したがって、労災支給処分による給付額が当然に保険料額の決定に影響するとはいえず、事業主は労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しません。ただし事業主は、自分に対する保険料認定処分を争う場面で、支給要件を満たさない給付が基礎とされたために保険料が増額されたと主張できるので、手続保障に欠けるところはありません。
関連法令の解説
労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項(メリット制)
労災保険率は、原則として事業の種類ごとに厚生労働大臣が定める基準労災保険率によりますが、一定規模以上で保険関係成立後3年以上経過した「特定事業」については、その事業の災害の多寡(メリット収支率)に応じて率を増減できます。事業主間の公平を図り、災害防止の努力を促す趣旨の制度です。
労働者災害補償保険法12条の8第2項ほか(保険給付の請求と支給決定)
保険給付は、補償を受けるべき労働者や遺族等の請求に基づいて行われ、支給・不支給は行政処分の形で決まります。本判決は、この仕組みが被災労働者等の権利利益の実効的な救済のためのものであり、事業主の保険料額の算定基礎となる法律関係まで確定する趣旨ではない、と位置づけました。
行政事件訴訟法9条1項(原告適格)
処分の取消しを求めることができるのは「法律上の利益を有する者」に限られます。判例上これは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、または必然的に侵害されるおそれのある者を指します。本判決はこの基準に照らして、事業主はこれに当たらないと判断しました。
身近な例え
マンションの管理組合が、ある住戸の水漏れ修理費を負担したとします。翌年の管理費が上がるかもしれないからといって、他の住民が「あの修理の決定を取り消せ」と裁判を起こすのは筋が違います。文句があるのは管理費の請求書のほうで、そこで「この費用は計上すべきでない」と言えばよいわけです——最高裁の整理はこれに近い発想です。
なる子ちゃんのざっくりまとめ
令和6年に出たばかりの新しい判例だよ。会社の言い分はこう。「うちの社員に労災が認定されたら、メリット制で保険料が上がっちゃう。だから支給決定そのものを取り消してほしい」。でも最高裁はダメって言ったんだ。理由は2段構え。まず、客観的に支給要件を満たしてない給付の額は、そもそも保険料を決める基礎に入らない。だから支給決定が当然に保険料額に影響するわけじゃない=原告適格なし。そのうえで、会社に泣き寝入りさせるわけでもなくて、「保険料認定処分」を争うときに『要件を満たさない給付が基礎にされて保険料が上がった』と主張できるから手続保障は足りてる、という整理。労災保険法と徴収法のメリット制がクロスする論点だから、両方の科目で狙われる可能性があるよ!
◎ 選択式で狙われるポイント
労災の支給決定は被災労働者を迅速・公正に保護するためのもので、事業主の保険料額を決める法律関係まで確定させるものではありません。事業主が争う土俵は「保険料認定処分」の側——この振り分けが結論の核心です。労災保険法とメリット制(徴収法12条3項)が交差する最新の重要判例です。
- ▶労災保険給付の支給・不支給は、請求をした被災労働者等に対する行政処分として行われます。これは労災保険給付に係る法律関係を早期に確定し、被災労働者等を迅速・公正に保護するための仕組みであって、事業主の保険料額の基礎となる法律関係まで確定するものではありません。
- ▶メリット制(徴収法12条3項)は、連続する3保険年度のメリット収支率が100分の85を超えるか100分の75以下である場合に、基準労災保険率を基礎として引き上げ・引き下げた率を、その次の次の保険年度の労災保険率とすることができる制度です。
- ▶「特定事業」とは、連続する3保険年度の各年度において徴収法12条3項各号のいずれかに該当し、かつ最後の保険年度の3月31日において保険関係の成立後3年以上経過した事業をいいます。
- ▶事業主の手続保障は失われません。保険料認定処分についての不服申立てや取消訴訟のなかで、客観的に支給要件を満たさない給付が基礎とされたことによる増額を主張できます。
穴埋めで問われるキーフレーズ
- 「客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならない」
- 「労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しない」
- 「保険料認定処分自体の違法事由として(中略)主張することができる」
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